前回の記事に続いて今度は「阿弖流為」のキャストですが、当時梅田では星組「オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-」が上演されていたので、少人数約30名の出演者です。この人数で戦闘場面を表現するのは大変だったと思いますが、背景スクリーンの助けもあり非常にうまくできていたと思います。
礼真琴のアデレイドから阿弖流為へ
初めて「礼真琴」という名前に注目したのは、2015年「ガイズ・アンド・ドールズ」のアデレイドです。
愛らしくてちょっとアタマの弱いアデレイドちゃんを好演していましたので、そのときも僕は「このひとは男役に戻ったら一体どんな演技をするのだろうと心配になるくらい、『女装』ではない娘役姿で感心してしまいました」と書いています。
「女装ではない娘役姿」がサマになる男役というのは、宝塚の舞台ではそうそういません。昔観ていたころを回想しても、男役が演じる「風と共に去りぬ」のスカーレットはどちらかというと男勝りの華を必要としていますし、「ベルサイユのばら」のオスカルは男装の麗人で中性的です。
礼真琴のように、全く男役の影さえ見せない愛らしい娘役姿は他に例がなく、僕のアタマの中ではどうも「礼真琴=アデレイドちゃん」という式がこびりついていました。
ところが一旦男役に戻ると、なんとまあ滑舌のよいなめらかな低音ボイスです。低音だろうが高音だろうが、決して乱れない音程の確かさに舌を巻いてしまうほどです。
また、阿弖流為では堂々とした立ち姿、荒々しい北の蝦夷としての男臭い役を見事に演じていました。戦いの中の鋭い視線と妻に向ける温かく愛情にあふれた視線も演じ分けていて、まさに男の中の男という風情でした。
礼真琴の身体能力の高さに驚く
前記事でも書きましたが、蝦夷の群舞は腰を落として「土に近づく」荒々しい迫力を持っています。礼真琴の衣装は色々なアクセサリーがついていて特に重そうですが、それを物ともせず足音の地響きが聞こえるような迫力のあるダンスを見せていました。
2015年「かもめ」についても先日の記事で書きましたが、礼真琴は腰のバネが強く重心がしっかりと中心にあります。そして、どんなダンスでも指の先まで神経が行き届いているのがわかります。
僕は、彼女が激しいダンスのあとにすぐ歌い始めても全く息があがっていないことに驚きました。まるで何事もしていなかったかのように、なめらかな歌声が舞台いっぱいに響いていたのです。すごいなあ。
天性の才能に加えて、日々の努力と精進のおかげなのでしょうね。あの男役にしては小柄な体のどこにそんな力が潜んでいるのか、まずは「ダンスの人」と言わざるを得ません。
「小柄な男役」といえば、今回の舞台ではまるでそんなことに気づきませんでした。大きく見せる蝦夷の衣装のせいもあるのでしょうが、170センチはあるひろ香祐の隣に立っていても、それほど低くは見えなかったからです。
もうひとつ、これは後でもう少し詳しく書こうと思いますが、相手役の有沙瞳がかなり背が低いということも関係していそうです。相対的に大きく見えたということでしょうか。
芝居への繊細なアプローチが見えてきた
僕の書いた「かもめ」についての記事では、率直に言って礼真琴の芝居に関して褒めてはいません。チェーホフが難しい芝居だということはわかりますし、みずみずしさこそ感じられましたが、苦悩と絶望の表現がまだまだだと思ったからです。
芝居としての「阿弖流為」は、ストレートでシンプルな「男の物語」です。長編小説の筋を追うよりも阿弖流為に焦点を当て、初めて観る観客、歴史と原作の知識のない観客にもわかりやすいように仕上げてあります。深い掘り下げのない部分も多少ありますが、それを言い始めると芝居自体が倍以上の時間になってしまいます。それをまとめて何とか2時間半の長さにまとめた脚本には、やはり喝采を送りたいと思います。
さて、その「男の物語」ですが、驚いたことに礼真琴はこうした荒々しい男のひとり、蝦夷の長としての阿弖流為にピッタリでした。アデレイドからコーチャ、そして阿弖流為という僕が観た芝居の流れでは、この阿弖流為が一番芝居として礼真琴の表現力が感じられたのです。
どちらかというと普段は「女の子」「やんちゃ坊主」という雰囲気の礼真琴ですが、中性的な宝塚男役としての「理想の男」ではなく、阿弖流為という「男の中の男」を演じられたことに僕はびっくりしました。こうした役は、男性が演じるともっと男臭くて荒々しさが目立ちますが、彼女の阿弖流為はそうした荒々しさの中にも「優しさ」と「まっすぐな性格」を表現していました。で、これもまた「宝塚の男役」としての愛と優しさというよりは、男性も交じるストレートプレイでの感情に近いものです。
こうした繊細な表現力を身に着けたのはやはり年月なのでしょうね。そして、それが宝塚の生徒さんたちの成長をみるという楽しみのひとつなのだと最近では思うようになりました。
僕が「これは礼真琴の代表作のひとつだ」と書いたのは、間違いではなさそうです。
…ということで、長くなってきたので一旦ここで切ります。キャストの感想などといいながら、礼真琴についてのみの記事になってしまいました。まだまだ書きたいことがあるので、それは次記事へ。
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