芸達者な雪組の名作として残る、1992年雪組「忠臣蔵〜花に散り雪に散り〜」

ちょっと昔の宝塚
画像引用元:http://www4.nhk.or.jp/P2649/
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言わずと知れた杜けあきの退団公演です。「芝居の雪組」として高い評価を受けたのもこの作品です。
芝居では結構トシをくった俳優が演じる大石内蔵助が主役で、「月代(さかやき)とチョンマゲで卒業ってのもねえ」と妹が昔言っていましたが、幕が開いたらそんなことを言えなくなるほど感動の舞台で、滂沱の涙だったそうです。脚本も骨太で宝塚の外の演劇界でも評判の作品でした。

 

大階段の赤穂浪士と杜けあきに感動

 

最初に大階段で赤穂浪士の姿の四十七士が出てきて暗がりの中から中心に浮かび上がる杜けあきが主題歌を歌い始めます。このときのフォーメーションは黒燕尾の群舞と同じで、ゾクゾクするほどかっこいいです。

杜けあき。
ああ、彼女はやはり日本物の似合うひとだなあと思いました。日舞の名取りだからというのもあるかもしれませんが、何しろその所作のひとつひとつが美しいのです。退団時はまだ30代の若さでしたが、びっくりするほど老獪な一面を見せたかと思うと、次には色気たっぷりのシーンで舞台を思うままに繰ります。西洋物ではそんな男役を見ることは多いですが、チョンマゲでこれだけ「色気ダダ漏れ」(今ではこういうらしいですが)の茶屋シーンを演ずることのできるひとがどれだけいることか。また歌も素晴らしく、主題歌を聴くと忠臣蔵の勇ましい男たちが目に浮かびます。

 

雪組芸達者たちは揃いも揃って滑舌が素晴らしい

 

一路真輝。
このひとの殿中で刀を抜く場面、あまりの迫力に僕はぽかんと口を開けてテレビの画面を見つめていました。日本物の化粧がよく似合う美しい顔立ちとその歌声だけではなく、芝居が見事です。特に浅野内匠頭のときの彼女の演技には、哀惜と同情を観客に抱かせるのに十分でした。

紫とも。
品のあるお姫様とどこか陰のある年増の女スパイの二役でした。こういう艷やかな声は実に日本物にふさわしいと思いました。どこか雰囲気が仙名彩世に似ていませんか?

星原美沙緒。
こういう専科の芸達者が揃って登場しているのがこの「忠臣蔵」です。やたら憎々しげで悪役に徹した演技とこなれた男役声が相まって、見事な吉良上野介です。率直に言って、女性が演じているなどと信じられないくらいです。

しかし、この時代の男役たちは滑舌がすばらしい。誰もが発声に気をつけているのがよくわかります。時代劇の誇張された言い回しがするりと耳に心地よく理解できます。

そして、所作の美しさ。娘役の裾捌きから男役の腰を落とす凛とした走り方、そして例えば飛鳥裕の座ったままずずっと下がる姿勢まで、まだ日本物が多かった昭和の名残りなのか、流れるような動きで見とれてしまいました。

それにつけても、轟悠、高嶺ふぶき、海峡ひろき、香寿たつきなど、その後トップになるべく期待を集めた男役たちが多く、雪組の層の厚さが感じられました。このころの雪組はこの4人の3番手争いがすでに始まっていたのです。当時二番手だった一路真輝のあとにトップになったのは高嶺ふぶきでしたが。

吉良上野介に切りかかったあと、浅野家のこの4人が浅野内匠頭を心配しながら歌いますが、ここで僕はそのハーモニーの美しさに驚いてしまいました。誰一人として音程をはずすこともなく、それはひとりひとりが大階段でエトワールをしてもおかしくないほどの歌唱力の持ち主だからでしょう。

現在ただひとり生徒として残っているのは轟悠だけですが、このころはまだ若く声もそれほど低くはありません。今の艶のある低音の歌唱を聴き、その安定した実力の舞台に身を任せられるのは、そのころからの努力のたまものであるに違いありません。

香寿たつきはこの公演で初めて新人公演主役という大役を射止め、その姿はまだ映像として残っています。堂々とした立ち姿と眼力の舞台に比べて、高く愛らしい声との違和感に微笑んでしまいました。

そして、海峡ひろき。懐かしいなあ。僕はこの男役が下級生のころから好きでした。2002年の正月ドラマ「愛と青春の宝塚」の製作では、藤原紀香たちに男役の動きを教えたと聞きましたが、その後はどうしているのでしょうか。

しかし、二役が多いせいかどうも戸惑うことも多かったです。何しろ浅野内匠頭が町人髷で岡野金右衛門になり、浅野内匠頭の寡婦である奥方がいきなり女スパイですからね。もうひとつは、読売のシーンです。大道具がどうもシロウト臭くて(というより、この振り付けも何だか…)中学生の学芸会のようでした。

 

フィナーレと「忠臣蔵」その後

 

舞台のフィナーレでは、宝塚らしく短いショーがありスターたちも着替えてもう少しモダーンな衣装で出てきましたが、最後は全員役柄の衣装で大階段を降りてきました。

この録画の前に観た「ポーの一族」のDVDでは、明日海りおがショーの衣装のまま大羽根を背負って大階段を降りてきましたが、僕はやはり役柄の衣装のほうが一本物の舞台にはふさわしいと思いました。幕が降りてからの余韻が違うような気がするのです。

さて、この「忠臣蔵〜花に散り雪に散り〜」は、杜けあきが退団してから一度も再演されていません。

これだけの名作なのだから一度ぐらい再演されてもいいのではないかと思いますが、27年たった今でも皆無です。当時の雪組の三番手から中間層の「美しさだけではない実力」と何人もの専科が投下された「若い生徒たちには難しい渋い重要な役どころ」が、少々二の足を踏ませているのかもしれません。日本物も舞踊ショー以外は昔に比べたら少なくなっていますし。

もうひとつは、もちろん大石内蔵助としての存在感を杜けあき以上に表現できるトップがいるかどうかということでしょう。比較されてしまいますから。

いずれにしろ、「もはやこれで、思い残すことはござらん」という有名な最後の台詞は、退団公演以外に持っていきようがない舞台たらしめていると思います。

 

追記:読売のシーンに関しまして、人形浄瑠璃をよくご存じのにゃん魚さんから詳しいご説明を受けました。コメント欄から御覧ください。僕の無知からの感想で大変恥ずかしいのですが、こういう間違いもあるということでそのまま残しておきます。ありがとうございました。

 

 

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コメント

  1. にゃん魚 より:

    杜けあきの忠臣蔵、大好きです。名作ですよね。

    さて読売のシーンですが、あれってもしかしたら『仮名手本忠臣蔵』最初の上演である人形浄瑠璃芝居へのリスペクトではないでしょうか(というか、私はそう思い込んでいました。柴田先生やるなあ、と)。

    歌舞伎の『仮名手本〜』は開幕前に文楽の口上人形が出て、大序(プロローグ)で登場人物が人形ぶりで動き出して芝居が始まります。そしてこれも先行の浄瑠璃狂言への敬意だと言われています。

    でもって、ヅカ忠臣蔵の読売シーンは文楽の<一人遣い>にとても似ているんですよね。
    人形に棒がついていて、黒衣(くろご)が一人で動かすのが一人遣いですが、「その他大勢」みたいな小物がわらわら出てくる場面でよく使われます。シリアスな場面でとつじょ出てきたりするのが面白いです。背景の松の木が動いたりするのも浄瑠璃狂言の道行シーンなどで見たことがあります。

    一人遣い用の人形のかしらは<ツメ>と言いますが、どれもとてもユニークで個性的なご面相をしています。ヅカ忠臣蔵の読売シーンでは、何組か出てくる駕籠掻きがこの<ツメ>にあたるのではないでしょうか。演じているのは下級生たちのようですが、一人ひとり一生懸命個性を出そうとしています。松の木や富士山の移動担当の黒衣たちも、頭巾を上げて顔を見せています。
    人形浄瑠璃へのリスペクトとともに、柴田先生の生徒たちへの愛情が感じられてほっこりします。

    • zukamen zukamen より:

      にゃん魚さん、
      詳しいご説明をありがとうございます!

      歌舞伎と浄瑠璃には大変疎いもので、無知を晒してしまいました。
      仮名手本忠臣蔵の人形浄瑠璃への造詣が深い方たちにはわかる舞台だったのですね。

      大変勉強になりました。

  2. 椿 より:

    懐かしいですね。
    この作品、サヨナラ公演の作品なので再演はないのかなー?と思っています。川霧の橋も再演してほしい名作ですが、剣幸さんのサヨナラ公演の作品なので、未だ再演はありません。小さな花がひらいた、も平成最初の辺りには何度か再演されたみたいですが、ないですね…。
    と書いていて思ったのですが、全て柴田先生の作品なんですね…。
    今の生徒さんは忙しすぎて、日舞を極める方が少ないので日本物は見応えがないですよね。先日の白鷺の城では、名取をお持ちの生徒さん(純矢ちとせさん)の仕草や裾捌きの美しさに、流石だなぁと感じました。
    あ、それと。
    香寿たつきさんの新公主演は、花組時代のベルサイユのばらのフェルゼンが最初ではなかったかな?と思います。

    • zukamen zukamen より:

      どこかで蘭寿とむが「川霧の橋」をやりたいと言っていたという話を読みました。
      いい話ですよね、山本周五郎風で。
      でもあれはやはり剣幸とこだま愛なんですよね。
      日本物は所作が命なんですが、たまに裾さえさばけない生徒さんがいて少々ため息がでます。

  3. とま より:

    ヅカファンになって1年経っていません。今は雪組ファンですが、最初は轟さんが気になり、やたらと検索していたら、杜けあきさんの忠臣蔵がヒット。杜さん退団&香寿さん新公のNHKドキュメントをYOUTUBEで視聴して、宝塚すごい!!!と一層ファンになりました。
    公演の通しの映像は見ていないので、NHKドキュメントだけの感想ですが、歌がうまい人がこれでもか!というほど揃っている上(カゲコもハイレベル)、ずらっと並んだ青天の壮観さと言ったら…
    最初は「生で見たい!再演して!」と思いましたが、最近では「初演に遙かに及ばないレベルでの再演ならしなくていいかも」と思うように。
    皆様のブログ、コメントを拝読し、やはり1度、映像を見なくては(ブルーレイ出てますよね?)と改めて思いました。
    なお、「小さい花がひらいた」は蘭寿とむさんが2011年全ツで再演しました。もちろん私は観ていませんが、東日本大震災後の重苦しい情勢の中、心にしみる公演だったようです。

    • zukamen zukamen より:

      こんばんは、とまさん。

      杜けあきの忠臣蔵は、彼女の退団公演だったこともあり、後まで語られる名作だったと思います。ただし、あまりにも杜けあきにふさわしい公演だったため、その後の再演が全くなかったんですよね。
      それからブルーレイですが、出ていません。DVDなら復刻版が一度再販されたことがありますが、それ以来全く出ていないのでかなり高くなっています。NHKでまた再放送してほしいと願っていますが、さてどうなることでしょう。