2019年星組バウホール「龍の宮物語」の幻想的な物語と複雑な伏線の数々

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明治時代の幻想的なストーリーというだけしかわからぬまま、「龍の宮物語」を観ました。

ブログやTwitterでは大変な人気で大体の予想はつきましたが、それでも第一部第二部ともにあっという間に終わってしまい、生徒さんの名前と顔が一致するようにもう一度観ていたので、感想が遅くなりました。

バウホールのような小さな劇場での公演は若手にも色々と役がついていて、僕のようにまだ生徒さんの名前さえわからない者には大変ありがたいです。

 

シンプルな舞台装置の印象的な暗さと雨音

 

始まりとともに遠くの背景に水底の竜神と家来たちが静かに行列をなして歩いて行きます。
暗い灯りのなかで行列は幻想的に浮かび上がり、これから始まる「奇譚」がどんなものになるのか…妖しい雰囲気をかもしだしています。

舞台装置はとてもシンプルですが、それだけに後ろで踊る白い群舞と、玉姫が龍に変身する際の黒い群舞が映えていました。
波を表す薄水色のヴェールも、夜叉ヶ池にひきこまれる清彦にからみついて印象的でした。

龍の宮は衣装の豪華さと色彩の見事さで、それまでの地上とは打って変わったきらびやかさです。従者たちも衣装だけではなく化粧が凝っていて、とても楽しかったです。

ただし、「雨」がこの物語全編を覆う鍵なのですが、不思議とあまり感じられなかったです。背景の幻想的な月は見事でしたが、舞台装置としての「雨」をもう少し表現してほしかったと思いました。

 

夜叉ヶ池と浦島太郎伝説

 

舞台は明治時代。
書生の伊予部清彦(瀬央ゆりあ)はヤクザたちに襲われそうになった若い女性を助けます。その女性こそ水底から現れた竜神の妻玉姫(有沙瞳)だったのです。

夜叉ヶ池の伝説と浦島太郎伝説に着想を得たというこの「音楽奇譚」は、僕のように全くストーリーを知らない者には、これからどうなるのかというミステリーの気配さえ感じられてドキドキしてしまいました。

伏線がありすぎて2幕の初めまでよくわからないままでしたが、段々とひとつひとつの伏線が結び付けられて、ああそうだったのか、と。上手い脚本です。
そんなわけで、2度めに観た時やっとわかったことも多かったです。

 

山彦という不思議な存在

 

ネタバレがありますので、ここからは「龍の宮物語」をまず観てからお読みください。

最初に通して観た時に一番疑問が残ったのは、この山彦(天華えま)という島村家のいそうろうの存在でした。

なぜ夜叉ヶ池の話が出たときに、居心地悪そうな顔を見せたのでしょう。そして、清彦が夜叉ヶ池に行ったという話を聞いて、驚いて飛び出し「また同じことが起きるのか」と。そして、「すぐに帰ってくるでしょう」という書生たちの言葉を「いや、これは当分帰って来れないだろう」と言ってさえぎります。

なぜそんなことを知っているのでしょうか。

第二幕になって段々と彼の正体が明らかにされていきます。

そして、30年前のままの清彦に会っても全く驚かなかったのは、彼がその秘密を知っていて、しかも「すでにこの世にいなかった」からなのでした。

山彦の話は続きます。
1000年以上も前の村で日照りが続き、村では竜神に娘をいけにえに捧げたのでした。そして言い交わした男に裏切られた娘はその男の一族を憎み、呪い続けたのです。一族には「夜叉ケ池に近づくな」との掟がありましたが、ある日、清彦の「祖父」がその掟を破って池に行き、瀧の宮で過ごしました…そして、その男はたぶん山彦だったのでしょう。そうでなければ、彼がなぜ夜叉ヶ池のことをこれほど知っていたのかわかりません。そして、池に行かないようにと清彦に伝えるために、震災で死んだにもかかわらず清彦のもとに現れたのです。

清彦は祖母に育てられたと言っていましたが、彼女はつまり山彦の妻なのではと思いました。あのころのひとの常で子どもは数人いたことでしょう。その中のひとりの子が清彦だったのではないでしょうか。

そして、水底には笹丸という玉姫に使える少年がいました。
その笹丸は姫の業の深さを悲しみ、殺人という罪を犯す前に山彦を逃し、そしてまた清彦を助けて逃しています。
この少年の存在も、またなぜ彼が人間を2度も助けるに至ったのかは説明されていません。山彦も清彦もこの少年のために命を長らえていますのでとても重要な役割だと思いますが、それでもストーリーの中ではやはり不可思議な存在と言えます。

 

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玉姫の愛し方を知らなかった龍神の悲しみ

 

龍神(天寿光希)はもちろん人間ではありませんから、人間をどのように愛したらいいのかに思いが至ったことはありませんでした。
つまり、彼は玉姫の心を最後まで理解できなかったのでしょう。そして玉姫を自分のものとすることで彼女も満足できると思う自我の強さが、彼女と永遠に理解し得ない溝を作ったとも言えます。

龍神の弟である火遠理(天飛華音 )は理性があり、その兄の所有欲と人間との違いを見抜いていましたが、龍神は最後まで耳を貸すことはありませんでした。

 

玉くしげはなぜ空だったのか

 

玉姫は清彦が地上に変える際に、ふたつの呪いをかけます。
ひとつは地上では30年もたってしまっていること、そしてもうひとつは「玉くしげ」をもたせたこと。そして、もし玉姫にもう一度会いたいと思うなら、決してその玉くしげを開けてはならない、と。

ここは、浦島太郎伝説と同じですね。ただし、玉くしげを開けた浦島太郎はそのまま老人になってしまいますが、この「瀧の宮物語」では開けても何も起こらず、ただの空の箱でした。

ここで雨がざんざと降り注ぎますが、なぜ箱は空だったのでしょうか。

僕はこれが玉姫の言う「呪いのひとつ」だったからではないかと思いました。
あのときの玉姫はまだ清彦を信じきれていなかったのでしょう。だから、玉姫に恋い焦がれながらも会えないとわかった清彦が好奇心に負けて開けた時に、2度めの喪失感を味わうだろうと予測して。

ところが、その予測に反して清彦は戻ってきました。龍の姿になった玉姫を見てもひるみもせずに、その愛をおしみなく与えます。

そして、玉姫が清彦をかばって龍神の刃に倒れたあと、清彦には何も残されていませんでした。だから、彼は玉くしげを開けたのです。もう何も失うものはないのだから。そして、その喪失感を裏付けるかごとく、箱の中には何も残されていませんでした。

なんという悲劇でしょうか。

 

長くなりそうなので、キャストの感想については次の記事に書きます。

 

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