続々・2015年花組「風の次郎吉—大江戸夜飛翔—」北翔海莉の涙と千秋楽挨拶

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レビューに代表される宝塚の舞台は、どちらかというと夢のように豪華なものです。
ところが、この「風の次郎吉」はねずみ小僧の暗躍する薄暗い路地で展開され、北翔海莉のまた違った一面を見せてくれました。

 

人情の機微をそっと舞台に漂わせる日本物

 

髪を染めて凛々しい軍服や美しい黒燕尾を着こなす海外ミュージカルや宝塚レビューももちろん素晴らしいのですが、こうした人情の機微をそっと舞台に漂わせる日本物は、例えば剣幸の「川霧の橋」もそうでしたが、日本人としての心に訴えるものがあります。その叙情的な雰囲気はもちろん「泣かせどころ」も含んでいて、涙もろい僕などはまんまとしてやられてしまうのです。

次郎吉の育ての親甚八がゆきの父親を殺した仇だということがわかる場面。
北翔海莉は、ここで歌いながら父の仇をとろうとするゆきの心に訴えかけます。歌で心情を表すのは難しいものです。失礼ながら滑舌の悪いひとたちの歌では、その言葉を読み取ることに忙しく訴えかける歌の心が観客に届かないのです。北翔海莉は涙を流しながらも感情に溺れることなく、その歌を完璧に歌い上げていました。

だから僕はその次郎吉と甚八の心のうちをうかがい知ることができて、その情に涙してしまったのでしょう。

「次郎吉ぃ、人生ってぇものはおもしれえもんだなあ」と言う甚八に応える次郎吉の顔。バックに立つ今は亡き次郎吉の父と母。次郎吉の横には幼い自分の姿もあります。

 

北翔海莉のベソっかき顔

 

僕は実は北翔海莉の「ベソっかき顔」を見るとオロオロしてしまいます。それはもう女性に対してというより、「大丈夫だよ、きっと全部うまく行くよ」と言いながら背中をポンポンしてあげたい、そんな気持ちになるのです。その今にも泣き出しそうな顔は、たぶん以前北翔海莉が「どうしてもダメで、出来なくて、ウチに帰ってばーっと泣いてしまうこともある」と言っていたことを思い出すからでしょう。たぶん、同じような顔をして独りで泣いている彼女を想像してしまうからでしょう。

その後場面は変わり、梅の木のある明るい舞台で、手妻で生きていくと決心したおゆきとの別れがやってきます。

「とうへんぼくっ」と言うおゆきに、「おととい来やがれ、おかめやろうっ」と憎まれ口を聞きながら、次郎吉の北翔海莉はまた横を向いてベソをかきます。この歪んだ泣きそうな男の子の顔が、今度は「メリー・ウィドウ」の千秋楽挨拶でとうとう顔を覆ってしまった手の奥から見えた「への字の口元」と重なりました。

この今にも泣きそうな顔のせいで、この別れの場面が一層切なく会場を包みます。先の記事に書いた仙名彩世の梅の木の下のお辞儀と相まって、僕にとっては美しく忘れられない舞台となったのです。

 

ギンギラギンの着流し姿で温かい挨拶を

 

さて、フィナーレでは北翔海莉も着替えて出てきますが、これが…いやーギンギラの着流し姿で三波春夫のようです。これから演歌でも歌うのかと思ったくらいです。が、フィナーレなのだからと思い直しました(実際のカーテンコールでは本当に演歌を披露していましたけどね)。

この千秋楽挨拶で彼女の使った「尺蠖(しゃっかく、シャクトリムシのこと)の屈するは伸びんがため」という言葉があります。成功するためには必ず乗り越えなければならない壁があるから、がんばってそこを耐えて行けば必ず前に勧める、と説明していました。
ただし、そこにはただの「好きなことわざ」だけではなく、その努力を必ず報われると信じて精進した北翔海莉の長く苦しかった道のりが重なります。そして、だからこそその言葉が重みを持って会場にいる全てのひとびとに伝わったのだと思います。

「メリー・ウィドウ」のときもそうでしたが、北翔海莉の挨拶はその人柄がにじみ出るように温かく優しく、一緒に舞台に立つ生徒さんたちの目にも涙が浮かびます。たぶん、会場でもファンが涙を拭っていたことでしょう。

僕はこんなふうな千秋楽を見たことがありません。もちろん温かい挨拶もあり、楽しい挨拶もありました。ただし、北翔海莉のそのとつとつと語る挨拶には、一緒に鍛錬を積んできた生徒たち、その舞台を作るために働くスタッフたち、そして会場で感動を分かち合ったファンたちへの心のこもった感謝と信頼があり、ただ考えて練習したうわべだけの言葉がありません。

その言葉と彼女の目に浮かぶ涙に、僕たちは「ありがとう、みっちゃん」と素晴らしい舞台人と彼女が見せてくれた舞台への感謝をつぶやいてしまうのです。

この「風の次郎吉」は専科の北翔海莉としての最後の舞台でした。
早いものですね。

今日は宝塚大劇場の千秋楽、運良くチケットを獲得したファンたちにとって、星組トップとして最後の緑の袴姿の北翔海莉を見る晩となります。

まだ東京があるから平静を保っていますが、彼女の過去の映像を見るにつけ、よくもまあこんなに長くトップにせずにタライ回しにしたものだという負の気分と、実力は宝塚の外でもっと花開くだろうという正の期待がせめぎ合う日々を送っています。

ああ、ちくしょう、めでてぇんだか何だかわかんねぇや、ほぅーほくしょう。

 

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花組
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ヅカメン便り from Australia

コメント

  1. まあ より:

    ヅカメンさん ありがとうございます
    思っていても文章力のない私にとって 北翔さんへの思いを
    代弁していただようなお言葉の数々
    涙がでてきちゃいました
    昨日前楽を 大人の力でチケットをゲットして サヨナラショーを
    見ることができました 過去の出演作のダイジェストを流していたのですが 
    2枚目から・コメディ・老け役etc. 
    なんと幅広い
    北翔海莉がどんな人だったのか 一言で言い表せませんが
    ジ・エンタティナー   
    これしかないでしょうか 
    そしてラストの曲 すべての山に登れ
    この曲はビルボードライブの 試練のときも・・・
    ですね これをラストソングに選ばれた思いをおもうと
    涙です
    また紫峰七海さん・美城れんさん 実力のある若手名脇役を二人も失なったことは 専科生が高齢化している中 劇団にとって
    大きな損失だと思います  

  2. zukamen より:

    まあさん、こんばんは。
    東京公演千秋楽のあとで、もう一度何か彼女へのオマージュを捧げたいと思います。
    ただし、そんな気力が残っているかどうか。
    前楽を見ることができたのなら、ラッキーでしたね!
    さぞや思い出に残る公演だったことでしょう。僕もさっそくこのDVDがでたら必ず予約しようと思っています。
    紫峰七海と美城れん、この二人はこれからどんな道を歩むのでしょう。。。できれば演劇界に残ってほしいひとたちです。

  3. にゃん魚 より:

    運のいいにゃん魚です。千秋楽から先ほどホテルへ戻ってきました。サヨナラショーでは淡ブルーの変わり燕尾で次郎吉のテーマソングも歌ってくれましたよ!
    北翔さんにはヅカの舞台は狭過ぎると実感させられました。

  4. zukamen より:

    にゃん魚さん、こんにちは。
    千秋楽ご観劇ですか!にゃん魚さんもそうですが、皆さんスゴイなあ。運がいいというか…。
    次郎吉のテーマソング! 僕はあれが好きなんです。
    僕もよい方向に考えたいと思います。
    確かに宝塚の舞台は北翔海莉には狭すぎますね。

  5. 日和香 より:

    こんにちは。
    ちょっと前の記事ですがコメントさせてください。
    こうもりを観て、ガイズとラブ&ドリーム、大海賊のDVDを観て、
    北翔さんにヤラレたものの、購入をちょっと迷ったのがこの次郎吉でした。
    宝塚ならやっぱり、ドレスがひらひら星がキラキラしてるのを観たいな〜
    と思っていたからなのですが…
    小松屋さんの「女形が立役やってる」っぽさとか
    三助の「性別を超えた」うっかり八兵衛っぷりとか
    もちろん甚八さんの「新派」っぽい渋い演技とか
    宝塚ってすごい底力を持ってるんだな〜!!と
    度肝を抜かれました。
    でも一番びっくりしたのが、zukamenさんも書いていらっしゃる
    仇討ちのシーンでお幸へと訴えかける北翔さんが、
    本当に泣いていたこと。
    あまり大きくない画面で観ているのからかもしれませんが、
    たとえばガイズでスカイに裏切られたと思ったサラが
    「私は神の僕よ」と言い切るシーン、風ちゃんの頬が光っているのは
    汗だと思っていたのです。
    でも次郎吉のそのシーンでタカラジェンヌさんは涙流すほど熱演してるのか!
    と初めて気づいてからのラストまでの流れは、もう涙涙でした。
    zukamenさんがピックアップされていたお幸との別れのシーン、
    二人の気持ちの動きが手に取るようにわかる演技で
    痛いほどの感情をのせたあの泣きべそ顔は、北翔海莉さんに本気で陥落する
    最後の一押しだったと思います。
    そして昨日は、宝塚大劇場でのお稽古最後の日だったそうですね。
    次郎吉のカーテンコール挨拶で「日本青年館もこれが最後」と
    おっしゃっていましたが、その青年館もすでに更地です。
    部外者はついセンチメンタルな最後の日を想像してしまうのですが
    「声の限り歌い続け 力の限り踊り続け 命の限り光り輝」いてきた
    北翔さんは、笑顔で去って行かれたようです。
    公演の、そしてタカラジェンヌとしての千秋楽も
    笑顔で迎えられるように、祈っています。

  6. zukamen より:

    日和香さん、こんばんは。
    お返事が遅れてすみません。
    「風の次郎吉」は、本当に色々なひとたちの役が際立っていてとてもおもしろかったです。
    ただ、僕も北翔海莉の泣きべそ顔にはホロリとしてしまいま、それがどうしても頭から離れません。これは買ってよかったなあ、というDVDのひとつです。
    北翔海莉にとって15歳のときからいた宝塚はきっと色々な思い出があるでしょうが、やはりあの実力を今度は外の世界でも見せてほしいと思います。
    しかし、観たかったなあ、「桜華に舞え」。残念です。