僕は、退団後の北翔海莉が「女性」として芝居をしている姿をまだ観たことがありません。写真や映像クリップなどで彼女のスカート姿や肩まで伸ばした髪などを見てはいますが、どんなふうに歩き、話し、優雅な仕草で男性俳優を見つめるのか、この目でナマの公演を観るまではまだ正確に想像できないような気がします。
それは、たぶん彼女の男役としての最後の芝居が「夢の世界の王子様」ではなく、「桜華に舞え」の男っぷりのいい中村半次郎だったからかもしれません。
北翔海莉の生真面目な芝居が作り上げた「人斬り半次郎」
前記事で「骨太のストーリー」と書きましたが、その中でひときわ光っていたのがやはり北翔海莉の殺陣の見事さでした。一刀のもとに「切り下ろす」技に女性の太刀とは思えない迫力があり、わざわざ鹿児島まで薬丸自顕流の型を習いに行ったという裏話も含めて、彼女の役に対する生真面目さがよく現れていると思います。
熱血漢で直情の中村半次郎(後には桐野利秋ですが)が西郷隆盛に傾倒していくさまが、史実を抜きにしても説得力のある西南戦争を通して描かれています。
北翔海莉という男役は、軽妙洒脱な面よりもどちらかというと真面目で純朴な面がチラチラと垣間見える生徒さんでした。だからこそ「ガイズ・アンド・ドールズ」では「本当は心の底では真面目だった男」という解釈の成り立つ演技で、紫吹淳とは全く違ったスカイ・マスターソンを見せてくれたのです。
この退団公演の中村半次郎においては、その彼女の「生真面目さ」が返ってそれゆえに戻ることのできない悲劇に向かって突っ走るサムライの姿として光っていました。
もちろん、最後のほうでは「退団」する彼女へのはなむけのような涙の場面がきちんと用意されており、映像で観た僕でさえ少々涙が止まりませんでした。
出番は少ないが、礼真琴の暗い役柄が光る
遊郭の遊女にまで落ちぶれた会津の姫君(真彩希帆)というのは、どう考えてもあの時代にはありえない話ですが、それでも礼真琴の暗くやり切れない演技によって、観客の涙を誘うには十分でした。
最後の場面でも虚しさのにじみ出る演技で、この男はここで死ななければこの先「なんのために」生きていけるだろうという説得力を持って倒れていきました(あ、いかん、ネタバレしちゃったではありませんか)。
こんなふうに最後の礼真琴のための伏線は張られていましたが、光ってはいても出番が少なくて少々不満も残りました。
それにしても、この礼真琴という生徒さんは歌、演技、ダンスと三拍子揃っていて感心します。ただし、このひとを見るとどうしてもあの「ガイズ・アンド・ドールズ」の愛らしいアデレイドちゃんの姿がチラチラと頭の隅によぎってしまって困りますが。
素顔が丸顔でどちらかというと女の子っぽい顔立ちなのが災いするかと思いきや、それを演技でカバーしてしまうところがこのひとの末恐ろしい才能です。これからの星組でどのような礼真琴が見られるのか楽しみにしていますが、まだ若いのですから大事に育てていただきたいと願っています。
美城れんの「これぞ西郷隆盛」に感動する
美城れんもこの公演をもって退団してしまいましたね。
以前にも書きましたが、彼女と言い、花組の天真みちると言い、これから専科で重厚な役を総ナメにしてほしい若手のバイプレーヤーがずいぶんと退団していきました。
昔が良いとは言いませんが、それにしても専科のバイプレーヤーが少なすぎます。定年のある宝塚ではこうしたひとたちの出番が多いにもかかわらず、若手の育成ができていないような気がします。いつまでも夏美ようばかり使うわけには行かないではありませんか。
今回、美城れんの西郷隆盛が出てきたとき、上野の西郷さんそのもので感心してしまいました。声もよく通りますし、その重厚な演技に鹿児島のひとたちがいまだ慕う西郷隆盛の姿を大変よく表していると思いました。
特に最初のほうで初めて中村半次郎に会う場面などは、しみじみと彼の言葉を反芻したくなりました。素晴らしい役者です。
…と思ったら今年2019年に入って結婚されたようで、舞台に戻らないのは残念ですが、幸せそうですね。おめでとうございます。
「桜華に舞え」は再演のない舞台となるか
「ベルサイユのばら」や「エリザベート」などが再演を繰り返される中で、ひとりの男役トップスター退団のために書かれた舞台というものがあります。
例えば有名なのが杜けあき退団公演の「忠臣蔵」ですね。
この作品は今も語り継がれるほど有名な舞台ですが、それでもまだ再演されたことがありません。杜けあきの名演を超える男役がいないから、という理由もありますが、それが「杜けあきのために書かれた作品」であるからに他なりません。
こういう理由から、たぶんこの「桜華に舞え」もあまりに北翔海莉の存在が強すぎて再演は長いことできないような気がします。
そして、僕はこうして北翔海莉の最後で最高の男っぷりを見せつけられたために、女性としての北翔海莉の外の舞台をナマで見ないかぎり、宝塚男役の北翔海莉に決別できないように思っているのです。いやはや。
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