以前BDを送ってもらっていたのですが、つい後回しになってしまった「ドン・ジュアン」です。今回彩風咲奈に少々関心が飛び、その彼女がいい役だったと聞いてさっそくきちんと観てみました。
「ドン・ジュアン」のフラメンコについて
「ドン・ジュアン」はチュニジアで生まれたフランス人のシンガーソングライター、フェリックス・グレイが2004年に作曲したミュージカルです。この成功で一躍脚光を浴びましたが、ミュージカルとしては今のところこの「ドン・ジュアン」と2009年の「シェラザード:千夜一夜」のみが公開されています。
フレンチミュージカルの常で、歌手とダンサーが完全に分かれて舞台に立ちます。つまり、歌手は歌を歌うだけ、ダンサーは踊るだけなのです。
それだけに、オリジナル版のスペインのフラメンコを取り入れたダンス場面は大変見応えのあるものですが、宝塚の場面ではほんの少し省略されているようでした。熱量が違う、というのが僕の印象です。
特に第一幕最初の騎士団長と騎士団のサパテアードは、整然とした足音の迫力で観客を驚かせますが、宝塚の舞台では「さわり」としか見えず少々残念でした。
これが日本での初演でしたが、今年8月末(つまりあと2週間ですが)には東京と愛知での上演が外部舞台として決定しているようです。こちらも生田大和の潤色・演出ですが、男性も入るミュージカルとして一体どんな舞台になるのか興味があります。
ストーリーは極めて単純でわかりやすいが…
つまり、女ったらしのドン・ジュアンが愛に目覚め、要所要所で出てくる亡霊に悩まされながら、最後には決闘で命を落とすわけで、実にシンプルです。でも、シンプルであるだけにひとつひとつの場面が寄せ集めではなく、段々と悲劇の階段をのぼっていく様は見事だというほかはありません。
こうした手法はフレンチミュージカルの特色とも言えますが、各々の場面としての密度が濃いために、全体の舞台というよりいくつかの場面がその楽曲とともに後々までも印象に残りました。
セリフはそのほとんどが歌となっています。それだけに、そしてだからこそ、この作品が望海風斗に当てられたのでしょうが、周りを固める雪組の若い生徒さんたちと実力のある専科の大御所たちを迎えて、さほど大きいとはいえない舞台をその歌声で大きく見せていました。
二番手時代の望海風斗の渾身の演技
望海風斗には「全力疾走」が似合います。
それは僕が初めて彼女を主役に据えた「アル・カポネ」を観たときから変わっていません。だから「幕末太陽傳」で彼女の高杉晋作を見たとき、ちょっと拍子抜けがしたのは周りが血気盛んにもかかわらず、なぜか沈着冷静すぎて影が薄く感じられたからです。
今回この「ドン・ジュアン」で彼女のしたたるような色気と激情の発露、女たちを手玉にとる妖しい視線、そして初めて恋を知ってその思いに翻弄される苦悩を見ていると…こうした感情の迫力に関しては彼女の右に出るものはないとさえ言えます。
ただし、その一部のスキもない真面目な役作りのせいか、彼女の舞台を観ているとどうも息苦しくなってしまうのです。いい意味の「息苦しさ」であって、これは決して僕が望海風斗の舞台を疎んじているわけではありません。その歌の実力、そして芝居の真摯な迫力に関してはむしろ当時の二番手の域をすでに脱していると思います。
この「ドン・ジュアン」はそのいつも力を抜くことなく「全力疾走」する望海風斗に与えられた、ほとんど完璧に近い役柄だったといえるでしょう。ほとばしる感情のままにその美しい歌声を駆使し、その緻密な計算で芝居に、そしてドン・ジュアンに妖しい悪の力を与えていました。
僕はまだ「ファントム」を観ていませんが、望海風斗がどんなふうにその闇から現われるファントムを計算し尽くしたか目に見えるような気がします。成功しないわけがありません。
ただし。
ひとつだけ苦言を加えるとすれば、先にも述べたように、彼女の舞台のあまりに緻密に計算され尽くした完璧さと役に対する誠実さのために、ほとんど余裕が見られないことでしょうか。
舞台はそのいっときの空間を楽しむ芸術でもあります。ふっと息を吐いた瞬間の視線の柔らかさ、またはほんの一瞬のアドリブとも言えない「間」のとりかた。そうした昨日とは違うひとときを観客に見せることも舞台の醍醐味なのです。
そうしたいっときのない、僕にとっては肩に力の入った観劇であっと言う間に終わってしまったのがこの「ドン・ジュアン」でした。それは、「アル・カポネ」から「オーシャンズ11」のベネディクトに通ずるものであり、「望海風斗」という男役を一気に楽しんだという心地よい、しかしこれは「いつもの望海風斗の全力疾走だ」というやるせない安心感とも言えましょうか。
すばらしい望海風斗の舞台に、僕は何気なくそんな思いをもいだいてしまいました。
次の記事では、同じ舞台での彩風咲奈、香綾しずる、有沙瞳について書きたいと思います。
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