2015年雪組「星逢一夜」:早霧せいな、咲妃みゆ、望海風斗の完璧な三つ巴

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脚本・演出の上田久美子宝塚大劇場デビュー作であり、第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞した作品です。

もうずいぶん前からDVDで持っていた舞台ですが、なかなか観る機会がありませんでした。コロナのせいでそうした時間ができたのは皮肉ですね。

 

日本物では昔から定評のある雪組作品ですし、上田久美子の受賞を踏まえて何の知識もなしで観てみました。いずれにしろ、2015年半ばですから僕が観劇再開を始める半年ほど前の舞台でした。

 

誰も幸せになれない悲劇に涙する

 

江戸中期、徳川吉宗の治世に架空の三日月藩藩主となった天野晴興。藩主次男坊として藩の村人の子どもたちと自由な生活と星に親しんだ生活から一変、藩主となって徳川吉宗の老中の1人となります。

吉宗のもとで晴興晴興は老中となり享保の改革を進めますが、その急進的な改革のせいで、農民たちの生活は日増しに苦しく貧しいものとなっていきます。

子どものころ星を見ながら村の子の源太と泉と親しくしていましたが、結局長い年月を経て農民一揆を起こす源太と対立することになります。泉は晴興に心を寄せながらも源太と結婚し、3人の子供を持つまでになっていますが、この一揆により3人の運命は悲劇に向かって行ったのでした…。

「泣くよ」と言われていたので、この年になっても泣き虫の僕はきちんとティッシュボックスを用意して見始めたのですが…泣きました。

この上田久美子という脚本家・演出家は「金色の砂漠」という(僕にとっては)名作を残していますが、あの伏線の多い作品に比べると、かなりストレートに悲劇に向かってまっしぐらな人々を描いています。

 

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早霧せいなとそのパートナーである咲妃みゆ、そして歌に定評のある望海風斗ががっつりと組んで、素晴らしい芝居を見せてくれていました。

しかし、ほんの少し気になったこともあります。

 

唐突な恋と時代考証に首を傾げる

 

「焼けぼっくいに火がついた」という言い方がありますが、それはつまり子供時代の淡い恋心ではなく、すでに過去に関係があった人たちが縁が切れてもまた元の関係に戻ってしまうことです。

どうもそのような関係にあったとは到底思えなかった子供時代の仲間が、再会したらいきなり恋に落ちた、というのが少々不自然なように思いました。それも会って話をしたというのでもなく、祭りの日にいきなり目が合ったら燃え上がっちゃったわけです。唐突です。

それならそれで、子供時代にもう少し恋心につながるような優しげな伏線があってもよかったのではないかと思いました。かなり長い時間を子供時代に費やしていましたので。

もうひとつ、成人して恋心に燃え上がった晴興に「泉を嫁にしてくれ」と頼む源太。感動的な場面ですが、時代考証に目を向けたらこれはまったくありえない話で、身分の違いから側室しか考えられません。晴興の母も側室でしたし、どこかの下級武士の養女になってから城に上がるならわかります。

それから、農民(=源太)と藩主(=晴興)の決闘。わざわざ衆人の前で農民との「決闘」を自ら藩主が受けるというのは前代未聞ですし、どう考えてもありえません。悲劇性を高めるためにこうした結末を用意したのでしょうが、ちょっとびっくりしてしまいました。

…などと、時代考証の面から色々と書いてしまいましたが、それを無視すれば非常に良質な悲劇となっていることは否めません。

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これだけは一言書いておきたい、大湖せしるの色気と裾さばき

 

当時の雪組には大湖せしるという異色の娘役がいました。男役から娘役になった生徒さんですが、その大人の色気といい、芝居の巧さといい、「愛らしい娘役」からは一歩飛び出していました。僕は彼女の芝居は「アル・カポネ」と「心中・恋の大和地」しか観ていませんが、どちらも彼女のために作ったと言わざるをえない役を演じていました。

 

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当時の記事でも「宝塚には珍しい成熟した女を演じられる数少ない生徒たちのひとり」と書いていますが、まさにこの「星逢一夜」の貴姫にもそれが現れていました。

そして、彼女の裾さばき。見事です。
特にこうした日本物で「お引きずり」を着なければならない娘役はその仕草に苦労することと思いますが、大湖せしるは裾が足に巻き付かないように、そしてその立ち姿が美しく見えるように巧みな裾さばきを見せていました。

 

早霧せいなの晴興には凄惨な孤独感があった

 

源太も泉も生まれた時から農民です。農民として生き、そして農民として死ぬことに定められた人々です。

ところが晴興は違います。最初は側室から生まれた次男坊として自由に生きていた子ども時代から、いきなり江戸へ、そして吉宗に認められて老中にまでのぼり詰めます。

子どもの時は人を思いやることのエピソードもある晴興が、第二幕ではほとんど冷酷とも言える急進的な改革を推し進め、なおかつ幼馴染みでもある源太を死に追いやり、その妻であった泉をも苦しめることになってしまいます。

何がここまで晴興を変えてしまったのでしょう。時代、身分、そして老中と藩主としての義務と責任。その誰にも理解されないであろう限りない孤独を思うと、僕には源太よりも泉よりも晴興の慟哭が胸に刺さったのでした。

(しかしこれだけ救いのない悲劇を見せられたら、この後にはやっぱり楽しいレビューが観たくなりますよね…。)

こちらはアマゾンのストリーミングレンタルにもリンクしています。
上が2015年の東京宝塚劇場の舞台で、下が2017年の中日劇場の舞台です。配役も台詞も少し変わっていますので、比べてみるのもおもしろいかもしれません。

 

 

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