退団公演「霧深きエルベのほとり」から45年、宝塚一の低音ボイス古城都は健在だった

ちょっと昔の宝塚
画像引用元:http://k-miyakos.com/about/
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古城都という往年のスターがいました。
1967年から1973年まで月組男役トップだったひとです。甲にしき、上月晃とともに当時「3K」と言われていました。まだ宝塚が現在ほど全国的に有名になる前の話です。今ではほとんどの公演が東京宝塚劇場にもやってきますが、大劇場だけの公演も多かった時代です。

 

日本で初めての輸入ミュージカル「オクラホマ!」

1967年に大劇場で星・月合同公演として上演されたのが、日本で最初のブロードウェイ・ミュージカル「オクラホマ!」でした。その後同年に東宝劇場でも上演されています。演出も振り付けもアメリカから呼び寄せており、当時としては画期的な舞台だったそうです。いや、もちろん僕は観ていませんし、実は音源も公には残っていません。

古城都はどちらかというと「汚れ役」のジャッドで新しい境地を開きました。

 

あまりの厳しい練習に泣いた「ウエストサイド物語」

「オクラホマ!」の成功で、翌年1968年にはすぐに「ウエストサイド物語」がブロードウェイ・ミュージカル第二弾として舞台に上がります。このときの主演トニー役が当時月組トップだった古城都でした。

このミュージカルもまだ中学生だった僕は観ていませんが、その後宝塚雑誌を読み始めた1970年代にも、まだこのミュージカルは有名な話として話題にのぼっていました。ブロードウェイから演出も振り付けも呼んでいて、稽古が尋常でないほど厳しかったこと、そしてダンスについていけない生徒は次々と役を降ろされて後ろに回されたことなど。また、古城都は舞台で3メートルもあるフェンスを駆け上がって飛び降りなければならなくて、稽古中に最初足がすくんでしまったといいます。

女性としてではなく、ブロードウェイの男性俳優たちと全く同じダンスと演技を要求されていたのです。

また、男性のキーに合わせて作曲された歌をそのまま歌わなければならなかったため、厳しい低音の練習を重ね、宝塚最高の低音の持ち主と言われるまでになったのも古城都です。

彼女はいわばブロードウェイから直接輸入された男女混合ミュージカルを、女性だけの歌劇団で上演させたパイオニアだったのです。

 

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1973年退団公演「霧深きエルベのほとり」と「新・平家物語」

先日妹と話していて、この公演を観たことを思い出しました。

僕は1974年初演の「ベルサイユのばら」を妹と一緒に観劇していた…
梅田の「ベルサイユのばら45」大阪公演が始まりましたね。また色々な楽しいブログ記事やツイートが出てくるのを楽しみにしています。 さて、以前「シエスタの庭」のシエスタさんから、宝塚バトンを渡されたことがあります。 そのときに僕は1975年の「...

ハッキリと覚えているのは、船の上の高い場所から歌う古城都と、カールが出ていったあと、泣きながらピアノを弾く初風諄のマルギットの姿だけです。これだけでも思い出せたことでとても嬉しかったのですが、ネットで探しても古いプログラムとレコードだけしか見つかりませんでした。残念。

 

実は、彼女に関してはもうひとつ思い出したことがあります。古城都は1972年のNHK大河ドラマ「新・平家物語」に巴御前として出演していたのです。林与一の木曽義仲の妻、自身も槍を持ち戦闘に参加した勇ましい女性です。

新・平家物語 (NHK大河ドラマ) - Wikipedia

こちらをなぜ思い出したかというと、実は一時帰国中の実家で、あの当時週刊朝日から大河ドラマ記念に出版された吉川英治の「新・平家物語」全巻を発見したからです。大河ドラマ記念なので、もちろん写真も多数載っていました。そこに髪をおろして結び、鐘の額当て姿の巴御前が馬に乗っています。美しい古城都の姿でした。(次回の出張などでもしまた実家に寄ることがあれば、写真を撮ってこようと思います。ネットで探しても巴御前の写真は出てきませんでしたので。)

あのころの大河ドラマは面白かったなあ…僕は毎週日曜日の晩はテレビに釘付けでしたから。

余談ですが、まだ10代の郷ひろみも若い頃の平経盛役でほんの少し出演していました。

 

100周年「夢の祭典 時を奏でるスミレの花たち」の舞台

2014年の「夢の祭典 時を奏でるスミレの花たち」DVDで、白いタキシードに身を包んだ当時71歳の古城都が、男役の視線を観客に投げかけるのを見ました。あの素晴らしい低音も健在です。

現在は浜松で舞台の専門私塾「芸術塾」を開いているそうです。
70も半ばとなり依然として精力的に活動している古城都を見ると、僕もがんばらなければなあと思うこのごろです。

とりとめもない思い出話でした。

 

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コメント

  1. にゃん魚 より:

    古城都の退団公演は『霧深きエルベのほとり』だったのですね。
    私は昔の東京宝塚劇場で、内重のぼるのカール、八汐路まりのマルギット、古城都のフローリアンで観ています。子どもにはえらく刺激の強い舞台でした(ラブ・シーンが……)。今も劇中歌は全部歌える、決めセリフもイントネーション付きで言えるほど熱中したお芝居でした。なので星組のは観ません(笑

    ミヤコさんは八重歯に特徴のある、すらりとした長身の貴公子タイプ。丸顔で石原裕次郎みたいなサッチャンとは対照的で、(選べと言われても選べないよ〜)と悩んだものです。誰も選べなんて言ってないのに。
    当時はかけ声OKで、「ミヤコさん!」「サッチャン!」が競争のように乱れ飛んでいたのを覚えてます。あの頃は楽屋にも上げてもらえたんですよね。のんびりした時代でした。

    何年か前、宝塚ホテルで矢代鴻さんのディナーショーに参加したとき、隣のテーブルに八汐路まりさんがいて(ひえ〜っマルギットや)と大興奮大感動しました。和服のりゅうとした大奥様でした。大きな園芸店の内儀様でいらっしゃるとか。

    ミヤコさんは、あと和物(民謡)のショーを見たような気がするのですがはっきりしません。『オクラホマ!』のときにはタカラヅカは卒業してましたので。。。

    NHKの巴御前は覚えてます。1972年なんですね。美しく凜々しい巴御前でした。

    • zukamen zukamen より:

      にゃん魚さん、こんばんは。
      おお、初演の「霧深きエルベのほとり」ですか!僕は内重のぼるはもう名前しか知りません…。
      そうなんです、掛け声はかなり飛んでいましたよね。70年代。
      絶妙な間のとりかたでかける掛け声は劇場の華だったのですが、あれは結局皆でワイワイかけ始めたからダメになったのかもしれません。
      残念です。

      新・平家物語の巴御前を覚えていらっしゃるとは。誰もいないかと思っていました(笑)。
      絶対写真を撮ってきますね!ネットで探しても見つからないのであれはお宝です。